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親から相続したアパートや貸家を、入居者が一部残ったまま、あるいは全室が空いた状態で「もう手放したい」と考える方は少なくありません。ところが、自宅を売るときの3,000万円控除も、相続した空き家に使える3,000万円特別控除も、人に貸してきた収益物件にはそのままでは使えないのが実情です。加えて、相続の開始から遺産分割が決まるまでの間に入ってくる家賃が誰のものになるのかも、あとから兄弟姉妹の間で揉めやすいところです。
収益物件(アパート・貸家など人に貸してきた不動産)の売却では、次の三点を先に押さえておくと判断を誤りません。第一に、空き家特例は「相続の時から譲渡の時まで貸付けの用に供されていたことがない」ことが条件なので、賃貸中または賃貸していた物件は対象から外れやすいこと。第二に、税額を大きく左右する税率は所有期間で決まり、相続した物件は被相続人(亡くなった方)の取得日を引き継ぐこと。第三に、遺産分割より前に生じた家賃は、相続開始の時点から各相続人に法定相続分(民法で定める取り分)に応じて帰属することです。以下、国税庁や法令などの一次資料に沿って順に見ていきます。
アパートに「空き家3,000万円控除」が使えない理由
相続した空き家を売るときの「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特別控除」は、要件に当てはまれば譲渡所得(売った利益)から最高3,000万円を差し引ける大きな特例です。ただし国税庁は、この特例の要件のひとつに「相続の時から譲渡の時まで事業の用、貸付けの用または居住の用に供されていたことがないこと」を挙げています。つまり、相続してから売るまでの間に一度でも人に貸していた家屋・敷地は、この特例の対象になりません。
アパートや貸家は、その性質上ほぼ必ず「貸付けの用に供されていた」不動産です。相続後に入居者が住み続けていれば当然に対象外ですし、全室退去して空き家になっていても、被相続人が生前に貸していた時点で「被相続人以外に居住をしていた人がいなかったこと」という家屋の要件も満たしません。区分所有建物として登記された物件も家屋要件から外れます。したがって、収益物件は空き家3,000万円控除を当てにしないのが出発点です。自宅を売るときの居住用3,000万円控除も、売主本人が住んでいた家が対象なので、賃貸してきたアパートには使えません。
判断フロー:空き家特例が使えるかを確かめる
- 相続の時から売るまでの間に、その家屋・敷地を人に貸していた(家賃を得ていた)か。貸していたなら対象外です。
- 相続の開始の直前に、被相続人以外に住んでいた人がいたか。いたなら家屋要件を満たしません。アパートは通常ここで外れます。
- 昭和56年5月31日以前の建築で、区分所有建物登記がされていない一戸建て等か。マンションの一室(区分所有)は家屋要件から外れます。
アパート・貸家はこのフローの最初の分岐で外れることがほとんどです。特例が使えない前提で、次に述べる「所有期間による税率」と「取得費」を丁寧に見ていくことが、手取りを守る近道になります。
税率は所有期間で決まる(相続なら亡くなった方の取得日から数える)
譲渡所得にかかる税率は、売った不動産の所有期間で二段階に分かれます。国税庁は、譲渡した年の1月1日において所有期間が5年を超えるものを「長期譲渡所得」、5年以下のものを「短期譲渡所得」と定義しています。長期と短期では税率がほぼ倍近く違うため、どちらに当たるかは大きな分かれ目です。
| 区分 | 所有期間(譲渡した年の1月1日時点) | 税率の内訳 |
|---|---|---|
| 長期譲渡所得 | 5年超 | 所得税15%+住民税5%+復興特別所得税(基準所得税額の2.1%) |
| 短期譲渡所得 | 5年以下 | 所得税30%+住民税9%+復興特別所得税(基準所得税額の2.1%) |
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内訳を合計すると長期はおよそ20.315%、短期はおよそ39.63%になります(いずれも計算値で、国税庁のページに合計率の表記はありません)。なお復興特別所得税は令和9年1月1日以後に生じる所得については税率が1.1%に引き下げられるため、合計値を出すときは「令和8年分の場合」のように年を添えて確認するのが安全です。
ここで相続した物件には重要な取り扱いがあります。国税庁は、相続や贈与によって取得した土地・建物については「被相続人や贈与者の取得の時期がそのまま取得した相続人に引き継がれます」としています。つまり、相続した直後にアパートを売っても、所有期間は自分が相続した日からではなく、亡くなった方がその物件を買った日から数えます。被相続人が長く保有していたアパートであれば、相続してすぐ売っても長期譲渡(税率が低い方)になることが多い、という点は覚えておいて損はありません。
譲渡所得の計算の順番と、アパートで取得費が目減りする点
譲渡所得は「売った金額(収入金額)から取得費と譲渡費用を差し引いて計算します」と国税庁が示すとおり、次の順序で組み立てます。空き家特例が使えない収益物件では、この取得費と譲渡費用をどこまで積めるかが手取りを左右します。
- 収入金額(売却代金)を確定する。
- 取得費(買ったときの代金・購入手数料など)を集める。分からなければ概算取得費を検討する。
- 譲渡費用(仲介手数料、印紙税など売るためにかかった費用)を差し引く。
- 相続税を納めている場合は、取得費加算の特例が使えるかを確認する。
取得費が分からないときは、国税庁の定める概算取得費として「売った金額の5パーセント相当額」を取得費にできます。たとえば2,000万円で売却すれば取得費は100万円という扱いです。ただし実際の取得費がこれより高いなら、契約書などで実額を示した方が有利です。
収益物件で見落としやすいのが、賃貸に使ってきた建物は減価償却によって取得費が目減りしている点です。事業用(賃貸用)の建物は、購入代金をそのまま取得費にできるわけではなく、貸していた期間に対応する償却相当額を差し引いた金額が取得費になります。償却の具体的な計算方法は建物の構造や用途で変わるため、実額で計算する場合は国税庁の建物の取得費に関する案内を確認し、必要に応じて税理士に相談してください。
相続税を納めている相続人は、取得費加算の特例も検討できます。これは相続・遺贈で取得した財産を「相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで」に譲渡していれば、納めた相続税の一部を取得費に加算できる制度です。ただし空き家3,000万円控除とは併用できず、どちらか一方の選択になります(アパートは前述のとおり空き家控除の対象になりにくいので、収益物件では取得費加算が現実的な選択肢になりやすいといえます)。
相続したアパートの家賃は誰のものか(遺産分割の前と後)
「相続不動産の賃貸収入は、相続人がいつから受け取れるのか」は、実務で必ず問題になります。結論から言うと、相続の開始から遺産分割が決まるまでの間に生じた家賃は、相続開始の時点から各相続人が法定相続分に応じて取得します。
この点について最高裁判所は、平成17年9月8日の判決で、遺産である賃貸不動産から遺産分割までの間に生じた賃料債権は、遺産とは別個の財産であって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得し、その帰属は後にされた遺産分割の影響を受けない、との判断を示しました。言い換えると、遺産分割で「そのアパートは長男が相続する」と決まっても、分割前に発生した家賃までさかのぼって長男のものになるわけではなく、分割前の家賃は相続人全員が法定相続分どおりに分け合う、ということです。
実際には、家賃を代表者の口座でいったん受け取り、遺産分割の話し合いの中で精算するケースが多く見られます。誰がいくら受け取ったのかを後で説明できるよう、入金と支出の記録を残しておくことが、揉めないための備えになります。なお、遺産分割で取得者が確定した後に生じる家賃は、その物件を相続した人のものになります。家賃には所得税の申告義務も伴うため、分割前の期間分は各相続人が自分の取り分について申告する必要がある点にも注意してください。
売却にかかる費用の明細と、仲介手数料の計算例
アパートの売却でかかる主な費用は、仲介手数料と契約書の印紙税です。金額を左右するのは仲介手数料で、宅地建物取引業者が受け取れる上限は法令(告示)で次のように区分計算されます。
| 売買代金の区分(税抜) | 上限の割合(税込) |
|---|---|
| 200万円以下の部分 | 5.5% |
| 200万円を超え400万円以下の部分 | 4.4% |
| 400万円を超える部分 | 3.3% |
国土交通省の消費者向けページの計算例では、1,000万円の物件の場合「200万円×5.5%+200万円×4.4%+(1,000万円−400万円)×3.3%」で上限39.6万円(税込)となります。よく使われる「3%+6万円+税」の速算式は告示や国交省ページに明記がないため、目安として使うなら計算値である点を踏まえておくと安全です。なお売買代金が800万円以下の「低廉な空家等」に当たる場合は、あらかじめ依頼者に説明し合意すれば上限33万円(税込)まで受け取れる特例もあります。
印紙税は契約金額に応じて課され、令和9年3月31日までに作成される不動産譲渡契約書には軽減措置があります。たとえば500万円超1,000万円以下は5千円、1,000万円超5,000万円以下は1万円、5,000万円超1億円以下は3万円です。このほか、相続したアパートを売る前提として相続登記(名義変更)が済んでいる必要があり、その登録免許税や司法書士報酬なども見込んでおきます。
入居者が残っているアパートや、老朽化して次の借り手が付きにくい収益物件は、一般の売却市場では買い手が限られます。オーナーチェンジ(入居者付きのまま売る)や訳あり物件の買取に対応する業者に査定を出すと、現況のまま売れる場合があります(2026年9月時点・公式サイト確認)。金額の妥当性は複数社の査定で見比べるのが基本です。
手取りで比べる:仲介と買取のどちらを選ぶか
ここまでの税金・費用を踏まえたうえで、最後に決めるのが「どのルートで売るか」です。仲介は市場価格に近い金額を狙える一方で買い手を探す期間がかかり、買取は価格が下がる代わりに現況のまま早く現金化できます。入居者の有無、建物の傷み具合、いつまでに手放したいかによって最適な選択は変わります。手取り(売却代金から税金・費用を引いた手残り)と期間を並べて比べる考え方は、空き家 売却の進め方|仲介と買取で手取りと期間はここが違うで全体の流れを整理しています。貸し続けるか売るかで迷う場合の収支の比べ方は別の観点になるため、まずは売ると決めたうえで本記事の税金・費用を当てはめてみてください。
よくある質問
アパートに空き家3,000万円控除は使えますか
使えないのが原則です。この特例は「相続の時から譲渡の時まで貸付けの用に供されていたことがないこと」が要件で、賃貸してきたアパートは対象外になります。相続前に被相続人が貸していた点でも家屋要件を満たしません。
相続したアパートをすぐ売ると税率は高くなりますか
必ずしも高くなりません。相続した物件の所有期間は、亡くなった方の取得日を引き継ぎます。被相続人が5年を超えて保有していれば、相続直後に売っても長期譲渡(税率の低い区分)になることが多いです。
買ったときの金額が分からない場合はどうなりますか
売った金額の5パーセントを取得費とする概算取得費が使えます。ただし実際の取得費がこれより高いことを契約書などで示せれば、実額の方が有利になります。賃貸用建物は減価償却で取得費が目減りしている点にも注意します。
遺産分割の前に入った家賃は誰のものですか
相続開始の時点から、各相続人が法定相続分に応じて取得します。最高裁の平成17年9月8日判決により、分割前に生じた家賃は後の遺産分割の影響を受けず、相続人全員が取り分どおりに分け合う扱いです。
入居者がいるまま売ることはできますか
入居者が付いたまま売るオーナーチェンジという形があり、収益物件の売買では一般的です。賃貸借契約はそのまま買主に引き継がれます。現況で売れるか、どの程度の価格になるかは、収益物件や訳あり物件に対応する業者の査定で確認するのが確実です。
売却にかかる費用はどのくらい見ておけばよいですか
主な費用は仲介手数料(区分計算で上限が決まります)と印紙税です。1,000万円の物件なら仲介手数料の上限は39.6万円(税込)、印紙税は軽減後で5千円が目安です。これに相続登記の費用などが加わります。総額は物件価格で変わるため、明細ごとに見積もるのが確実です。
結局、税金と費用はいくらになりますか
税額は売却価格、取得費、譲渡費用、所有期間、相続税の有無で変わるため、一律の金額は出せません。本記事の順序(収入金額→取得費→譲渡費用→取得費加算の確認)に沿って自分の数字を当てはめ、実際の申告額は税理士や国税庁の案内で確認してください。
参考・出典
- 国税庁 タックスアンサー No.3202「譲渡所得の計算のしかた(総合譲渡)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3202.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.3208「長期譲渡所得の税額の計算」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3208.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.3211「短期譲渡所得の税額の計算」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3211.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.3270「相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3270.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.3258「取得費が分からないとき」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3258.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.3306「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3306.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.3267「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3267.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.2260「所得税の税率」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.7108「不動産の譲渡・消費貸借等に関する契約書の印紙税の軽減措置」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/inshi/7108.htm
- 国土交通省 消費者向けお知らせ(宅地建物取引業者が受け取れる報酬の額) https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/1_6_bf_000013.html
- 最高裁判所 平成17年9月8日 第一小法廷判決(遺産分割前に生じた賃料債権の帰属)

